忙しい後輩、定時で帰る自分。40代サラリーマンが感じたリアル

仕事

昨日に続いて、今日も仕事中にふと思ったことを残しておこうと思います。

若手の営業担当者と一緒に取引先へ訪問することが多いので、
アポイントが入らない日は待機する時間もあります。

今日は、まさにそんな日でした。

アポイントなし。
訪問準備もなし。
事務作業はあるけれど、どこか時間が余る。

やることがないわけではない。
でも、「追われている感覚」はない。

そんな、少し静かな一日でした。


忙しい後輩の背中

ふと視線を上げると、
別チームの後輩くんが目に入りました。

電話対応。
資料作成。
打ち合わせ。

明らかに余裕がない様子で、
朝からずっと動き回っています。

その姿を、少し離れた位置から眺めていたとき、
自然と一つの感情が浮かびました。

——今日頑張っているのは、圧倒的に後輩だ。

これは疑いようがありません。


それでも給与は自分の方が高い

ただ、同時にもう一つ気づく事実もあります。

年次も役職も上の自分の方が給与は高い。
後輩には残業代が出るとはいえ、
ベース報酬は自分が上。

そして自分は、今日も定時で帰る。

もちろん、これまでの経験や貢献、
積み重ねてきた時間があります。

でも——

「今この瞬間」だけを切り取れば、
 頑張っているのは後輩。

このギャップに、少しだけ複雑な感情を覚えました。


資本主義は努力量で決まらない

そこで思い至ったのが、
資本主義の残酷で、でも現実的な側面です。

報酬は、
努力量や忙しさだけで決まるわけではない。

  • 年次
  • 役割
  • ポジション
  • 希少性

こうした「構造」の中で決まっていく。

そのとき、
ナヴァル・ラビカントの言葉を思い出しました。

「重要なのは努力量ではなく、方向性とポジショニング」

妙に腑に落ちました。


井の中の蛙でも、考える価値はある

もちろんこれは、
雇われているサラリーマン同士の比較です。

経営者目線でもなければ、
市場で戦っているわけでもない。

ある意味、井の中の蛙の話かもしれません。

それでも——

この小さな職場の一場面から、
自分への問いが生まれました。

  • 自分は何を目指しているのか
  • 今の仕事はどんな意味を持つのか
  • 本当にやるべきことは何なのか

会社という「装置」

会社という組織は、本当によくできています。

  • 役割があり、
  • 評価制度があり、
  • 目の前の業務に集中していれば、自然と時間が過ぎていく。

だからこそ怖い。

意識して立ち止まらないと、
流れに乗ったまま時間だけが過ぎていく。

忙しさも、充実感も大切。
でもそれ以上に大切なのは、

「自分はどこへ向かっているのか」

を考え続けることなのかもしれません。

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