昨日に続いて、今日も仕事中にふと思ったことを残しておこうと思います。
若手の営業担当者と一緒に取引先へ訪問することが多いので、
アポイントが入らない日は待機する時間もあります。
今日は、まさにそんな日でした。
アポイントなし。
訪問準備もなし。
事務作業はあるけれど、どこか時間が余る。
やることがないわけではない。
でも、「追われている感覚」はない。
そんな、少し静かな一日でした。
忙しい後輩の背中
ふと視線を上げると、
別チームの後輩くんが目に入りました。
電話対応。
資料作成。
打ち合わせ。
明らかに余裕がない様子で、
朝からずっと動き回っています。
その姿を、少し離れた位置から眺めていたとき、
自然と一つの感情が浮かびました。
——今日頑張っているのは、圧倒的に後輩だ。
これは疑いようがありません。
それでも給与は自分の方が高い
ただ、同時にもう一つ気づく事実もあります。
年次も役職も上の自分の方が給与は高い。
後輩には残業代が出るとはいえ、
ベース報酬は自分が上。
そして自分は、今日も定時で帰る。
もちろん、これまでの経験や貢献、
積み重ねてきた時間があります。
でも——
「今この瞬間」だけを切り取れば、
頑張っているのは後輩。
このギャップに、少しだけ複雑な感情を覚えました。
資本主義は努力量で決まらない
そこで思い至ったのが、
資本主義の残酷で、でも現実的な側面です。
報酬は、
努力量や忙しさだけで決まるわけではない。
- 年次
- 役割
- ポジション
- 希少性
こうした「構造」の中で決まっていく。
そのとき、
ナヴァル・ラビカントの言葉を思い出しました。
「重要なのは努力量ではなく、方向性とポジショニング」
妙に腑に落ちました。
井の中の蛙でも、考える価値はある
もちろんこれは、
雇われているサラリーマン同士の比較です。
経営者目線でもなければ、
市場で戦っているわけでもない。
ある意味、井の中の蛙の話かもしれません。
それでも——
この小さな職場の一場面から、
自分への問いが生まれました。
- 自分は何を目指しているのか
- 今の仕事はどんな意味を持つのか
- 本当にやるべきことは何なのか
会社という「装置」
会社という組織は、本当によくできています。
- 役割があり、
- 評価制度があり、
- 目の前の業務に集中していれば、自然と時間が過ぎていく。
だからこそ怖い。
意識して立ち止まらないと、
流れに乗ったまま時間だけが過ぎていく。
忙しさも、充実感も大切。
でもそれ以上に大切なのは、
「自分はどこへ向かっているのか」
を考え続けることなのかもしれません。
