子守りの一日で考えた、子どもと娯楽の距離感

生き方

義理の弟が年末に
右足アキレス腱断裂+右手剥離骨折というダブルパンチで、
日常生活もままならない状態。

奥さんも今日は出勤ということで、
甥っ子・姪っ子たちを義両親の家まで送迎し、
半日ほど遊び相手をする一日になりました。


成長が少し心配になった瞬間

一緒に過ごしていて、正直ちょっと気になったのが、
甥っ子の集中力。

今の子どもたちは、
スマホ、ゲーム、動画と、
僕ら40代が子どもの頃とは比べものにならないくらい
強烈な娯楽に囲まれています。

映像はリアルで、没入感も高く、
常に刺激が強い世界にいる。

義母が勉強を見てあげても、
ゲームと違って30分も集中できない様子を見ていると、

もしかして、ドーパミンの刺激に慣れすぎているのかな…

なんて、つい考えてしまいました。


久しぶりのゲームセンターで感じた違和感

休日はよくクレーンゲームに行くらしく、
「俺、クレーンゲーム得意なんだよ!」と豪語する甥っ子。

時間もつぶせるし、
まあいいかと、妻と一緒にゲームセンターへ。

義母からはゲーム代として1,000円を預かっていましたが、
いざ行くと興奮が止まらず、
次から次へと100円を要求。

当然一発で取れるわけもなく、
100円 → もう一回 → もう一回…の連鎖。

気がつけば、
義母から預かった1,000円はあっという間に消え、
さらに「もう少しだけ」と、
結局こちらの財布から追加で2,000円も投入。

トータルで3,000円が、
体感では本当に一瞬で溶けていきました。

正直、そのスピード感に
背筋が少しゾッとしました。


お金と時間の感覚が育たないまま消費していく怖さ

子どもにとって100円は、
お金というより「ゲームを起動するための鍵」みたいな存在。

お金の重みも、
我慢するという感覚も育たないまま、
快楽に一直線に向かっていく構図。

そして怖いのは、
それにブレーキをかける側の大人も、
いつの間にか巻き込まれてしまうということ。

「せっかくだし」
「かわいそうだし」
そんな気持ちが、
気づけば追加投入を正当化してしまう。

これは子どもだけの問題じゃなく、
大人側の判断力も試されている構造だなと感じました。


騒音と刺激の洪水の中で

それにしても、ゲームセンターの音量は凄まじい。

正直、
3〜7歳の子どもが長時間いる環境としては
かなり刺激が強い場所だなと感じました。

大人が必死にクレーンゲームにのめり込んでいる光景も含めて、
少し異様な空間にも見えてしまいました。

もちろん、
ゲームセンターという場所が悪いと言いたいわけではありません。
そこに救われている人も、居場所を感じている人もいるはずです。

ただ、
「時間をどう使うか」を大切にしたい今の自分からすると、
あそこは正直、時間を溶かす場所に見えてしまった。


子どもと、どう向き合うか

人生に意味があるかどうかなんて分からないし、
人それぞれの楽しみ方があっていい。

それでも、
子どもたちがどんな環境に触れて育つのか、
大人がどんな時間の使い方を見せるのかは、
やっぱり大事なんじゃないかと感じました。

今日は単なる子守りの一日でしたが、
思っていた以上に、いろいろ考えさせられる一日になりました。

みなさんは、
子どもたちとどう向き合い、
どんな時間を一緒に過ごしていますか?

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