100円の勉強代。物事は自分の解釈次第で変わる

静かな暮らし

帰り道の100円ショップで

今日は仕事帰りに、駅中の100円ショップに立ち寄りました。

必要な商品を何点か手に取って、足早に帰ろうとしたところ、

ふとレシートが目に入りました。

「あれ? 1点多いな」

よくよく確認してみると、

自分が選んだ商品とは別の商品が、商品の隙間にくっついていたようです。

どうやら気づかないまま、一緒に購入してしまったみたいです。笑

100円を取り戻すか、そのまま帰るか

一瞬、お店に戻って訂正してもらおうかと思いました。

でも、ちょっと考えました。

たかが100円。

いや、100円だって大切なお金です。

ただ、これから帰宅ラッシュの時間帯。

駅中のお店はどんどん混雑してきます。

わざわざ戻って、

アルバイトの男の子に返品の対応をしてもらうのも、

なんだかなぁと。

もちろん、

返品をお願いすること自体は何も悪いことではありません。

でも、

今回は自分がよく確認せずに購入してしまっただけの話。

だったら、この100円は、

「次からはちゃんと商品を確認しよう」

という勉強代でもいいし、

普段から便利に利用させてもらっているお店への、

ちょっとした寄付だと思ってもいい。

そんなふうに考えたら、

わざわざ戻る必要もないかなと思い、

そのまま帰宅することにしました。

正しいかどうかより、自分がどう捉えるか

別に、

100円くらい気にしない大きな男だと言いたいわけでもなければ、

100円を気にすることが小さい男だと言いたいわけでもありません。

今回、ふと思ったのは、

同じ出来事でも、自分の解釈次第で、気持ちはずいぶん変わるものだなぁ

ということです。

「余計な100円を払ってしまった」

と思えば、なんだか損をした気分になります。

「確認不足の勉強代になった」

と思えば、次に活かせる経験になります。

「いつも利用しているお店への寄付」

と思えば、むしろ悪い気もしません。笑

起きた出来事は何一つ変わっていません。

変わったのは、自分の中での受け止め方だけです。

自分の軸をどこに置くか

こういうことって、

日常生活のあらゆる場面に当てはまる気がします。

仕事でも、

人間関係でも、

お金のことでも。

同じ出来事に遭遇しても、

いつまでも引きずる人もいれば、

あっさり気持ちを切り替えられる人もいる。

その違いって、

もしかしたら自分の中にある判断基準なのかもしれません。

自分は何を大切にしたいのか。

何に時間を使いたいのか。

何に心を動かされて、

何には動かされなくてもいいのか。

そういった自分なりの軸があれば、

必要以上に振り回されることも少なくなるのかなと思います。

もちろん、

いつもそんなふうに割り切れるわけではありません。

自分だって、くだらないことでイライラすることもあります。笑

ただ、

少なくとも今回の100円については、

損をしたという感情を引きずることもなく、

気持ちよく帰宅できました。

自分の気持ちを楽にするのも、苦しくするのも、案外、自分自身の解釈なのかもしれません。

仕事帰りの100円ショップで、そんなことを考えた一日でした。

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