今日も朝4時に起きて、いつものルーティーンを済ませ、棚田へ向かいました。
僕が管理している棚田は2枚あります。そのうち奥にある田んぼは、とにかく水が切れやすい。
すでに一度干上がってしまい、田んぼにはヒビも入っています。
それ以来、水のことがどうにも気になり、毎週できるだけ様子を見に来るようになりました。
今日も棚田に着いてみると、案の定、水が切れています。
やっぱりか。
上の水路から水を引き、田んぼへ流し込みます。
水が溜まるまでのあいだ、フェンス越しに絡みついたツルや蔦、葉を取り除くことにしました。
棚田に来ると、何かしらやることがあります。
1時間ほど作業しているうちに、田んぼにもある程度、水が溜まってきました。
とはいえ、また水が切れるのが心配です。今回は、そのまま掛け流しにしておくことにしました。
それでも、おそらくまた水は切れるでしょう。
毎週のチェックは、まだしばらく欠かせそうにありません。
水ばかり見ていたら、穂が出ていた
そんなふうに水の心配ばかりしていた棚田で、稲にも変化がありました。
今年の稲から、ついに穂が出はじめています。
今年も苗の状態はあまり良くなく、お師匠さんも「病気気味なんじゃないか」と心配されていました。
僕自身も、ちゃんと育ってくれるのだろうかと気になっていました。
ところが、田んぼに植えてからの稲は、こちらの心配をよそに、少しずつ育ってくれています。
水が切れ、土にヒビまで入ってしまった奥の田んぼでも、稲は育ち、穂を出しはじめました。
こういう姿を見ると、稲の生命力には驚かされます。
こちらは、水がない、苗の状態が悪いとあれこれ心配します。
けれど、稲は人間の心配とは別の時間を生きるように、淡々と育っているようにも見えます。
思い通りにならないから、毎週見に来る
農業を始めてから、自然を相手にするということは、思い通りにならないことを受け入れることでもあるのだと感じるようになりました。
水を入れても、切れることがあります。
苗の状態が悪ければ、その後の生育が気になります。
そして、これからは台風の時期を迎えます。
田んぼに手を入れていると、つい自分が作物を育てているような気持ちになります。
けれど実際には、人間が自然をコントロールできる範囲は、思っているよりずっと小さいのかもしれません。
水を引くことはできる。
草を取ることもできる。
毎週、様子を見に来ることもできます。
その一方で、雨を降らせることも、台風の進路を変えることもできません。
できることと、できないこと。
その境目を何度も見せられるのが、農業なのかもしれません。
穂が出たからといって、まだ安心はできません。
収穫の秋までは、もう少し時間があります。
その間に何が起きるかも分かりません。
来週ここへ来たときには、また水が切れているかもしれない。
そうしたら、また水路から水を引くことになります。
今はまだ、その繰り返しです。
水を見て、草を取り、稲を見る。
自分にできることを一つずつ続けながら、今年の稲がどう育っていくのか。
収穫まで、もうしばらく見届けていきたいと思います。
