久しぶりの射撃。命中率は落ちていたけれど

人生再構築

半年ぶりにクレー射撃してきました

行きたい、行きたいと思いつつ、

なかなか足が向かなかった射撃場へ、久しぶりに行ってきました。

畑や田んぼの管理もあるし、実包の譲受に関する更新のタイミングも重なっていた。

……というのは、まあ言い訳です。

気づけば、ずいぶん射撃から遠ざかっていました。

久しぶりに撃ってみると、やはり腕は落ちていました。

前回より命中率も下がっている。

そんなに都合よく、身体は覚えていてくれないようです。

日常にはない緊張感

普通に会社へ行って、家に帰って、週末は畑や田んぼへ行く。

そんな日常生活の延長線上で、銃を撃つことはまずありません。

射撃場に立って銃を構えると、普段とは明らかに違う緊張感があります。

その日たまたま集まった、面識のない人たちと組を組んで射撃をする。

当然、ほかの人の成績も目に入ります。

「他人の成績なんて気にならない」と言えれば格好いいのですが、やっぱり多少は気になります。

ただ、それ以上に大事なのは、

自分の射撃に集中することでした。

構えて、狙って、撃つ。

当たらない。

なぜ当たらなかったのかを考える。

そして、また次の一発。

久しぶりだからこそなのか、一発一発に集中している自分がいました。

当たらない理由を考える

射撃は技術の世界です。

練習していなければ腕は落ちるし、思ったようには当たりません。

今回、それをそのまま命中率で見せつけられました。

でも、当たらないからこそ考えます。

今の一発は何が悪かったのか。

次はどうするか。

そして次の一発に集中する。

周りにはほかの人もいるし、その成績も気になる。

それでも最後は、自分がどう撃つかしかありません。

久しぶりに射撃をして、これは技術との戦いであると同時に、

自分との対話でもあるんだなと改めて感じました。

普段の生活では、なかなか味わわない種類の集中です。

好きなことと、必要とされることのあいだ

射撃を続けるには、それなりにお金もかかります。

時間も必要です。

それでも、

大人になってから続ける趣味として、自分には合っている気がします。

一方で、

射撃は単なる趣味だけでもありません。

近年はクマによる被害が各地で問題になっています。

実際に駆除に関わるのであれば、

安全な銃の取り扱いや射撃技術を維持していくことは欠かせないと思います。

もちろん、

自分が射撃を続けているのは社会のため、などと言うつもりはありません。

単純に、自分が好きだからやっている部分も大きい。

ただ、自分の興味や嗜好の延長線上に、

少しだけ社会から必要とされるものが重なっている。

今の自分には、そのくらいの距離感が心地いいのかもしれません。

また、次の一発へ

久しぶりの射撃は、思ったほど当たりませんでした。

次に行ったからといって、急にうまくなるわけでもないでしょう。

畑もある。田んぼもある。会社もある。

その合間を縫いながら、また射撃場にも足を運ぶ。

とりあえず次は、今回よりもう少し当てたいところです。

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