あんな鉄の塊が、空を飛ぶという不思議
旅行で飛行機に乗るたびに、いつも思うことがあります。
よくもまぁ、あんなにデカい鉄の塊のような機械を空に飛ばせるものだなぁと。
飛行機に乗ること自体、今ではそれほど珍しいことではありません。
お金を払えば、数時間後には何百キロも離れた土地に到着できる。
私たちは、そんな便利なサービスを当たり前のように利用しています。
でも、改めて考えると、これってものすごいことですよね。
何十トン、何百トンもある巨大な機体が、何百人もの乗客を乗せて空を飛ぶ。
しかも、決められた時間に出発して、目的地まで正確に運んでくれる。
飛行機を眺めていると、子どもの頃に戻ったような気持ちで、
ただただ感心してしまいます。
大人になっても、こういうことにワクワクできる感覚は大切にしたいものです。
当たり前の安全を支えている人たち
ただ、飛行機が安全に飛ぶのは、決して当たり前のことではありません。
機体を整備する人。
出発前の点検をする人。
荷物を積み込む人。
飛行機を誘導する人。
そして、操縦士や管制官。
私たち乗客からは見えない場所で、実に多くの人たちが仕事をしています。
一つひとつの確認を怠らず、それぞれの持ち場で責任を果たす。
そうした仕事の積み重ねがあって、初めて飛行機は安全に飛ぶことができる。
私たちが当たり前のように享受している便利さの裏側には、
誰かの当たり前ではない努力がある。
そう考えると、
飛行機に乗るという何気ない行為にも、ちょっと違った感情が湧いてきます。
新幹線が遅れた帰り道
今回の旅行の帰り道、新幹線が地震の影響で少し遅れる場面がありました。
安全確認のため、運転に遅れが生じているとのこと。
もちろん、予定どおりに運行してくれるに越したことはありません。
でも、こんなときだからこそ思うんです。
いやいや、安全最優先でお願いしますよ、と。
急いで運転を再開することよりも、まずは安全を確認してもらうこと。
ほんの少しの時間を惜しんで、
万が一のことが起きてしまっては元も子もありません。
むしろ、何か異常があれば立ち止まる。
その判断を徹底してくれるからこそ、
私たちは安心して新幹線を利用できるのだと思います。
車掌さんの謝罪に感じた、日本らしさ
そして、印象に残ったことがもう一つ。
車内放送で、車掌さんが運行の遅れについて丁寧にお詫びをしていました。
日本では、よくある光景なのかもしれません。
普段からサービスが行き届いているので、私たちもそれほど意識しない。
最近ではイヤホンで音楽を聴いたり、動画を見たりしている人も多いので、
そもそも車内放送を聞いていない人もいるでしょう。
それでも、車掌さんは乗客に向けて、きちんと状況を伝え、遅れを詫びる。
その丁寧な姿勢に、改めて日本らしい心遣いを感じました。
もちろん、地震による安全点検は車掌さんの責任ではありません。
だから、必要以上に謝ってもらう必要はないとも思います。
むしろ、
安全を最優先する判断に対して、乗客である私たちも理解を示すべきなのでしょう。
サービスを提供する側だけでなく、受ける側にも思いやりがあってこそ、
本当の意味で気持ちのよい社会になる。
そんなことを考えさせられました。
同じ出来事でも、受け止め方は人それぞれ
新幹線が10分遅れた。
それを聞いて、
「なんで遅れるんだよ」
と不満に感じる人もいるでしょう。
一方で、
「安全確認をしてくれているなら安心だ」
と感じる人もいる。
起きている出来事は、まったく同じです。
でも、受け止め方によって、その時間の意味は大きく変わってくる。
これは新幹線に限った話ではないと思います。
日常生活でも、仕事でも、思いどおりにいかないことは山ほどあります。
そんなとき、目の前の不便さだけを見るのか。
それとも、その背景にある事情や、誰かの努力にまで想像を巡らせるのか。
自分の見方が少し変わるだけで、同じ世界が違って見える。
そんな気がしています。
日本のおもてなし文化に生まれた幸運
海外を旅すると、日本の交通機関の正確さや、
サービスの丁寧さが話題になることがあります。
私たちは、そんな環境の中で生まれ育ってきました。
時間どおりに電車が来る。
荷物がきちんと届く。
施設が清潔に保たれている。
何かトラブルがあれば、状況を丁寧に説明してくれる。
普段は意識することも少ないですが、こうした一つひとつの積み重ねが、
私たちの日常を支えているんですよね。
もちろん、日本のサービスがすべて優れているわけでもないでしょうし、
過剰な気遣いや謝罪が働く人の負担になっている側面もあると思います。
それでも、他人の立場を考え、相手が少しでも気持ちよく過ごせるように心を配る。
そうした文化が根づいた国に生まれたことは、幸運なことだなぁと感じます。
そして、
この文化を維持していくためには、提供する側の努力だけに甘えていてはいけないのでしょう。
受ける側もまた、感謝や敬意を忘れない。
そんな関係でありたいものです。
自分も、誰かの当たり前を支えられるだろうか
今回の旅行の帰り道、飛行機や新幹線を利用しながら、
ふと自分自身の仕事について考えました。
普段、仕事をしていると、
どうしても成果や効率、数字といったものに意識が向きがちです。
もちろん、それも大切なこと。
でも、
仕事の価値は、必ずしも目に見える成果だけではないのかもしれません。
相手が困らないように、先回りして準備すること。
何かあったときに、丁寧に状況を説明すること。
相手の立場になって、ほんの少し気を配ること。
そういう小さな心遣いにも、仕事の価値はあるのだと思います。
飛行機の整備士さんの仕事を、乗客が直接目にすることはほとんどありません。
それでも、その仕事があるからこそ、私たちは安心して空を飛べる。
誰かに気づいてもらえなくても、誰かの安心を支えている仕事がある。
自分も普段の仕事の中で、少しでもそんな心遣いができたらいいなぁ。
そんなことを、一人勝手に思っていました。
当たり前を、当たり前で終わらせない
飛行機が飛ぶ。
新幹線が走る。
蛇口をひねれば水が出る。
スイッチを押せば電気がつく。
私たちの日常は、数えきれないほどの「当たり前」でできています。
でも、
その一つひとつを支えているのは、結局のところ人なんですよね。
便利な世の中になればなるほど、その裏側は見えにくくなっていく。
だからこそ、ときどき立ち止まって、その当たり前を不思議に思ってみる。
子どものように驚いてみる。
そして、そこに関わっている人たちの仕事を想像してみる。
それだけでも、日常の景色が少し変わってくるのではないでしょうか。
今回の鹿児島旅行。
美しい景色を見て、美味しいものを食べて、いろいろな場所を訪れました。
でも、帰り道に感じたこんな何気ないことも、旅の大切な収穫だったように思います。
当たり前を疑うことは、世界への感謝を取り戻すことなのかもしれません。
次に飛行機に乗るときも、きっとまた思うんでしょうね。
「あんなデカいものが、よく空を飛ぶよなぁ」
と。
何度乗っても、やっぱり不思議です。

