家族みんなで、秋のお芋掘り
今日は、家庭菜園で育ててきたサツマイモを収穫しました。
義理の甥っ子家族も手伝いに来てくれて、みんなで秋のお芋掘りです。
土を掘り返しながら、どんなサツマイモが出てくるのかワクワクする。
こうして家族で土に触れながら過ごす時間は、なんとも贅沢なものだなと思います。
気がつけば、苗を植えてから約半年。
あれから、もう半年も経ったのか。
本当に時間が過ぎるのは早いものです。
半年前のブログを読み返してみた
収穫を前に、半年前にサツマイモの苗を植えたときのブログを読み返してみました。
こういうとき、ブログを書き続けていてよかったなと思います。
当時の出来事だけでなく、そのとき何を考え、何を心配していたのかまで思い出せるからです。
そういえば、サツマイモの苗は直角に植えるのではなく、斜めに寝かせるように植えたんだった。
そんな基本的なことさえ、すっかり忘れていました。
そして、もう一つ思い出したことがあります。
植え付け直後の暑さで、苗がすっかり干からびてしまったこと。
葉っぱはしおれて、見るからに元気がない。
本当にこれで大丈夫なのだろうか。
ちゃんと根付いて、サツマイモができるのだろうか。
そんな不安を抱えながら、畑の様子を見守っていたことを思い出しました。
あの頼りなかった苗が、半年後には土の中で立派なサツマイモを育てていたのです。
植物の生命力というのは、本当にすごいものです。
掘ってみると、お化けサツマイモが!
いよいよ収穫。
伸びたツルを片付けて、土を掘り返していきます。
すると、畑の端のほうから、びっくりするほど大きなサツマイモが出てきました。
まさに、お化けサツマイモ。
こんなに大きくなるものなのかと、思わず驚いてしまいました。
一方で、全体の収穫量はというと、正直なところ、想像していたほどではありませんでした。
個人的には、こまめにつる返しをしたり、それなりに手間をかけて育ててきたつもりです。
それでも、期待したほどの収穫にはならなかった。
土の状態なのか、植え方なのか、それともほかに原因があるのか。
まだまだ分からないことだらけです。
でも、これも家庭菜園の面白さなんでしょうね。
手をかければ、必ず思いどおりの結果になるわけではない。
自然はこちらの都合に合わせてくれるものではありません。
だからこそ、次はどうしてみようかと考える楽しみがあります。
半年間、土の中で育っていた
考えてみれば、サツマイモもお米と同じように、収穫まで半年近くの時間がかかります。
その間、雨の日もあれば、厳しい暑さの日もありました。
私が仕事をしている日も、旅行を楽しんでいる日も、何気なく日常を過ごしている日も。
サツマイモは、土の中で少しずつ成長していたわけです。
普段は目に見えないだけで、自然の営みはずっと続いている。
そう考えると、無事に収穫できたことへの気持ちは、やはりひとしおです。
スーパーに行けば、サツマイモは簡単に買えます。
値段もそれほど高いものではありません。
けれど、自分で苗を植えて、育つのを見守り、半年後に収穫するとなると、まったく違ったものに感じられます。
同じサツマイモなのに、その一つひとつに半年分の時間が詰まっている。
お金では買えない価値というのは、案外こういうところにあるのかもしれません。
自分で育てたものは、やっぱり美味しい
収穫したサツマイモは、早速、義理のお母さんが煮付けにしてくれました。
ありがたいことです。
みんなで掘ったサツマイモが、その日のうちに食卓に並ぶ。
一口食べてみると、やっぱり美味しい。
もちろん、採れたてだからといって、必ずしも甘みが強いわけではないのでしょう。
それでも、自分で育てて収穫したものには、何とも言えない美味しさがあります。
苗を植えた日のこと。
暑さでしおれていた苗を心配したこと。
ツルが伸びて、畑いっぱいに葉が広がっていったこと。
そして、今日みんなで土を掘り返したこと。
そんな半年間の出来事まで、一緒に味わっているような気がします。
収穫したのは、サツマイモだけじゃなかった
今回のサツマイモ掘りを振り返って、ふと思いました。
今日収穫したものは、本当にサツマイモだけだったのだろうか。
義理の甥っ子家族と一緒に畑で過ごした時間。
土の中から大きなサツマイモが出てきたときの驚き。
義理のお母さんが料理してくれて、みんなで味わった食卓。
そんな何気ない出来事も、今日の大切な収穫だったように思います。
サツマイモは、食べてしまえばなくなります。
でも、みんなでお芋掘りをした秋の日の記憶は、きっと残っていく。
それに、こうしてブログに書き残しておけば、また半年後、あるいは何年か経って読み返すこともできます。
半年前の自分が書いた記事を読んで、今日いろいろなことを思い出したように。
ブログもまた、日々の暮らしの中で少しずつ積み重なっていくものなのかもしれません。
時間が育ててくれるもの
普段の生活では、どうしても効率や成果を考えてしまいます。
できるだけ短い時間で、できるだけ多くの結果を得たい。
仕事をしていれば、なおさらです。
でも、サツマイモは半年かけなければ収穫できません。
こちらがどれだけ急いでも、成長を早送りすることはできない。
ただ、土を整えて、苗を植えて、世話をしながら、自然の力に委ねる。
そして、季節が巡るのを待つ。
そんな時間の使い方も、今の自分には心地よく感じられます。
収穫量だけを考えれば、わざわざ半年もかけて家庭菜園をすることが、合理的とは言えないかもしれません。
けれど、半年という時間があったからこそ、今日の喜びがある。
育てる過程も、うまくいかなかったことも、家族と過ごした時間も、すべて含めての収穫です。
時間をかけること自体が、豊かさにつながることもある。
そんなことを、今年のサツマイモが教えてくれた気がします。
また来年も、苗を植えよう。
今度はもう少し、たくさん収穫できるといいな。
そして何より、またみんなで土を掘り返して、笑いながら秋の一日を過ごせたらと思います。
半年という時間をかけて、土の中で育ってくれたサツマイモ。
そして、その時間が育んでくれた小さな思い出。
今年も、大地の恵みに感謝です。
