スーパーに並ぶ野菜のように、
全部が同じくらいの大きさには育ちません。
もちろん、
私自身がまだ素人で、育て方にも改善の余地があるのでしょう。
それでも、
「ここまで大きさが違うものなのか」と、
毎回驚かされます。
売り場に並ぶのは、選ばれた「一軍」だった
普段は当たり前に手に取っているスーパーの野菜。
でも、
自分で育ててみると、
あの売り場に並んでいるものは、本当に「一軍」なのだと実感します。
収穫された中から、生産者の方が形や大きさを見ながら選別し、
私たちが買いやすく、食べやすいものだけが店頭に並ぶ。
その裏には、
店頭では見えないたくさんの野菜があるのだと、自分の畑が教えてくれました。
同じ株なのに、なぜこんなに違うのか
先日、枝豆を収穫していたときのことです。
同じ株、同じ畝、同じように水をやり、同じように世話をしてきたはずなのに、
実の大きさがまるで揃いません。
隣同士に生えている株なのに、
片方はふっくらとした立派な実をつけ、もう片方はどこか小ぶりで頼りない。
最初は、光の当たり方や風の通り方、近くの雑草に養分を取られているのではないかと、
生育環境の違いだけにその理由を探していました。
「日当たりが少し悪かったのかな」
「風で揺れすぎたのかな」
原因を外側に求めていたのです。
そんなことを考えながらも、
「野菜なんて、そんなものなのかな」と、どこか思考停止で受け止めていました。
Audibleで聴いた、ひとつの説
ところが先日、
食に関する本をAudibleで聴いていたとき、印象に残る話がありました。
野菜や植物の種に、大きさや性質の違いがあるのは、
種の多様性を生み、生き残る確率を高めるためではないか、という説です。
もし、
すべてが同じ性質を持っていたら。
病気や気候変動のような大きな環境の変化が起きたとき、
種は一気に全滅してしまうかもしれません。
でも、
少しずつ違う個体があれば、あるものは枯れても、別のものは生き残る。
そうして種全体として、未来へ命をつないでいく。
その話を聞いて、「なるほど」と妙に腑に落ちました。
環境のせいだと思っていたことの奥に、
そもそも違っているからこそ生き残れる、
という理由があったのです。
揃わないことのほうが、自然だった
畑を見渡すと、大きな実もあれば、小さな実もあります。
形が少し歪んだものもあれば、驚くほどきれいなものもある。
以前は「どうして全部同じように育たないんだろう」と思っていました。
でも今は、
むしろ違っていることのほうが自然なのだと思えます。
人間も、一人として同じ人はいません。
置かれた環境も、得意なことも、育ち方も違う。
植物も同じように、
その違いを抱えながら、未来へ命をつないでいるのかもしれません。
そう考えると、
機械で作ったように、すべてが均一に、美しく育つことのほうが、
むしろ自然からは少し離れた姿なのかもしれません。
大小さまざまな枝豆をザルに山盛りにしながら、
そんなことを考えた週末でした。

