緊急地震速報の誤報。それでも、鳴らないよりはいいと思う
突然鳴り響いた緊急地震速報
今日、突然鳴り響いた緊急地震速報。
地震はいつ起こるか分からないものなので、当然、速報も突然やってきます。
皆さんも経験があると思いますが、あの独特の警報音。
ただでさえ突然鳴るのに、切迫感を強く感じさせる音なので、何度経験しても心臓に悪いものです。
今日も思わず身構えてしまいました。
結果的には、地震の規模をシステムが過大に推定したことによる誤報で、速報は取り消されました。
何事もなくてよかったと思う一方で、改めて緊急地震速報のあり方について考えさせられました。
誤報であっても、鳴らすべきだと思う
あの警報音は、心臓に持病のある方などにとっては、相当な負担になるのではないかと思います。
突然の警報によって、日常生活や仕事にも少なからず影響が出るでしょう。
ただ、それでも個人的には、人命を最優先するのであれば、
大地震が発生した可能性があると判断された時点で、
ためらわず警報を鳴らすというスタンスでいいと思っています。
結果的に誤報だった。
あるいは、予想していたほど大きな地震ではなかった。
それなら、それでいいじゃないかと。
もちろん、誤報は少ないに越したことはありません。
ただ、誤報を恐れるあまり、本当に大地震が発生したときに警報が鳴らなかったとしたら。
その方が、よほどゾッとします。
本当に怖いのは、危機意識が薄れること
一方で、誤報が繰り返されれば、「どうせ今回も大したことはないだろう」と警報に慣れてしまうことも心配です。
だからこそ、システムの精度を高める努力は当然必要だと思います。
ただ、今日のような出来事を、単に「誤報で迷惑だった」で終わらせてしまうのも、少し違う気がします。
あの音が鳴った瞬間、自分は何をしたのか。
身の安全を確保しようとしたのか。
家族のことを考えたのか。
それとも、ただスマートフォンの画面を眺めていただけなのか。
今日の警報は、そんな自分自身の行動を振り返るきっかけにもなりました。
災害は、こちらの都合なんて待ってくれない
台風や地震など、自然災害が毎年のように発生する日本。
この国で暮らしている以上、自然災害を避けて通ることはできません。
震災は、いつも突然やってきます。
仕事中かもしれないし、家族と食事をしているときかもしれない。
あるいは、ぐっすり眠っている深夜かもしれません。
大切なのは、災害が起こるかどうかを心配し続けることではなく、
いつ起こっても対応できるように、日頃から備えておくことなのだと思います。
非常用品は準備できているか。
避難場所は把握しているか。
家族との連絡手段は決めているか。
そして何より、緊急地震速報が鳴った瞬間に、自分の身を守る行動が取れるか。
慣れることと、備えることは違う
日々の生活の中で、災害への意識を持ち続けることは、なかなか難しいものです。
何事もない日常が続けば、それが当たり前になってしまいます。
だからこそ、今日のような警報も、自分の防災意識を見直す機会にしたいと思います。
もちろん、誤報を積極的に増やすべきだとは思いません。
ただ、多少の空振りを恐れるよりも、本当に必要なときに確実に警報が届くことの方が、
はるかに大切だと思っています。
過剰に怖がる必要はない。
かといって、無関心でもいけない。
必要以上に恐れず、決して侮らない。
そんな正常な危機意識を、日頃から持ち続けていたいものです。
今日の緊急地震速報は、そんな当たり前だけれど大切なことを、
改めて考えさせてくれる出来事でした。
