最近は気づけば、毎日AIを使うことが当たり前になっています。
メールやLINEの返信、社内文章の整理、誤字脱字の確認、社内資料の作成。
調べ物から楽曲制作、画像生成まで。
私でもこれだけ使っているので、
使いこなしている方は、もっともっと幅広い分野で活用しているんでしょうね。
今日は、そんなAIの凄さについてではなく、
優秀すぎるがゆえの弊害に気づいた話です。
好みの曲ばかりできる
最近、毎日の隙間時間を使って、AIとやり取りしながら楽曲制作をしています。
歌詞を考えたり、曲調を調整したり。
少しずつ作り込んでいく作業が、今は日課のようになっています。
ただ、ここで一つ気づいたことがあります。
AIって、私の嗜好やクセをどんどん把握して、当然のように好みに合う曲を提案してくれるんですよね。
曲調もそうですし、歌詞についても、よく出てくるフレーズや言い回しがあります。
いわゆる「AI構文」のようなものです。
なので、当然のように自分好みの楽曲が出来上がります。
ところが、何曲も制作しているうちに、ふと思ったんです。
あれ、どの曲も似てきていないか?
一曲一曲はそれなりに気に入っている。
でも、出来上がった作品を並べてみると、
どれも変わり映えのない、
似たような曲ばかりになっているんです。
良くも悪くも「意外性」がない。
平均点の作品と、心に残る作品
AIは本当に優秀です。
こちらの好みを把握して、それなりに完成度の高いものを次々と提案してくれます。
ただ、
平均点の高い作品が大量に出来上がることと、
その作品が人の琴線に触れることは、また別の話だと思うんです。
何より、作っている側にとっても、発見や新鮮さが少なくなってしまう。
自分が好きなものを提案してくれるのはありがたい。
でも、自分が想像できる範囲のものばかり出てくるのも、何だか物足りないんですよね。
どこに行くか分からないから面白い
そもそも、創作活動の楽しさって何だろう。
もちろん、ぼんやりとした到達点や、こういう作品にしたいというイメージはあります。
でも、
制作を始めた段階では、その作品が最終的にどこへ向かうのか、自分でも分からない。
途中で思いがけない展開になったり、予想していなかった組み合わせから、面白いものが生まれたり。
そんな化学反応も、創作活動の楽しさなんだと思います。
出来上がるものが、制作者自身にも分からない。
だからこそ面白い。
ところがAIは、
こちらの好みを知れば知るほど、その未知数な部分まで、
うまい具合に埋めてくれるような気がします。
それが便利な一方で、
創作の面白さを少し削ってしまうこともあるんじゃないかなと。
AIだって万能ではない
これからは、AIを創作活動に活用することも当たり前になっていくんでしょうね。
私自身、今後もAIを使って楽曲制作を続けていくつもりです。
ただ、
AIの提案をそのまま受け入れているだけでは、自分の好みの範囲からなかなか抜け出せない。
むしろ、
ときには自分の好みから外れたものや、違和感のあるものにも目を向けてみたい。
そういうところから、思いがけない作品が生まれることもあると思うので。
AIは便利ですし、本当に優秀です。
でも、万能ではない。
その特徴を理解したうえで、どう付き合っていくか。
楽曲制作を続けるなかで、そんなことを考えた今日でした。
そんなこんなで、現在も絶賛楽曲制作中です。
今週末には7曲目を投稿する予定です。
果たして、どんな曲に仕上がるのか。
お楽しみに。
