今朝、会社へ向かう途中で、自宅近くの街路樹が大きく折れているのを見た。
昨日まで普通に立っていた木が、途中からばっさり折れている。
台風の風だろう。
そう思いながら横を通り過ぎたのだけれど、そのあと、妙なことが頭に残った。
台風って、ずっと悪者としてしか見てこなかったな。
そんなことを、今さら考えた。
台風のニュースは、だいたい怖い
テレビをつければ、
「大型で非常に強い台風」
「厳重な警戒を」
「交通機関への影響」
といった言葉が並ぶ。
電車は止まる。
イベントは中止になる。
家が壊れることもあれば、農作物に被害が出ることもある。
場合によっては、人の命にも関わる。
人間社会から見れば、悪者になるのも無理はない。
私自身も、
これまで台風に対してそれ以上のことを考えたことは、ほとんどなかった。
台風が来ると聞けば、
「畑、大丈夫かな」
「電車、動くかな」
「家の周りのもの、飛ばされないかな」
そんなふうに、自分たちへの影響を考える。
まあ、当然といえば当然だと思う。
でも今朝、折れた街路樹を見ながら、ふと思った。
地球から見ても、台風は悪者なんだろうか。
地球から台風を見てみる
気になったので、少し調べてみた。
すると、
当然といえば当然なのだけれど、自分が知らなかった台風の別の顔が見えてきた。
台風は暖かい海から大量の水蒸気と熱を受け取り、それを運んでいく。
大量の雨を降らせる。
海を大きくかき混ぜる。
強い風で木が倒れることも、
長い目で見れば森林の環境を変える「攪乱」の一つになることがある。
僕らが「被害」と呼んでいる現象も、
もっと大きく見れば、地球の熱や水が巡っていく動きの中にある。
もちろん、だから台風はありがたいものだ、という話ではない。
家が壊れたり、田畑が水につかったりすれば、
そこで暮らしている人にとっては間違いなく被害だ。
命を失う人だっている。
そこを「自然の循環だから」で片づけることはできない。
僕が面白いと思ったのは、
「台風は本当は良いものだった」ということではない。
見る場所が変わると、同じものの意味も変わってくるということだった。
人間から見れば、災害。
地球全体から見れば、熱や水が移動していく大きな流れの一部。
その二つは、矛盾するようで、たぶん同時に成り立っている。
あの木は、本当に台風が壊したのか
そんなことを考えていたら、今朝見た街路樹のことも少し違って見えてきた。
あの木は、台風の強い風で折れたのだと思う。
でも、もしかすると以前から弱っていた部分があったのかもしれない。
根元が傷んでいたのかもしれないし、内部に腐っているところがあったのかもしれない。
もちろん、実際に木を調べたわけではない。
ただの僕の想像だ。
それでも、もしそうだったとしたら。
台風が木を弱らせたのではなく、それまで見えなかった弱さを、強い風が表に出しただけなのかもしれない。
そう考えると、「台風が木を壊した」という一つの見方だけでは、少し足りない気がしてきた。
僕らは自然に名前をつけている
調べていて、もう一つ面白かったことがある。
世界では、同じような熱帯低気圧でも、発生する海域などによって呼び方が違う。
Typhoon。
Hurricane。
Cyclone。
僕ら人間は、自然現象に名前をつける。
台風には番号までつける。
中心気圧を測り、風速を測り、進む方向を予測して、地図の上に線を引く。
考えてみれば、すごいことだ。
昔に比べれば、僕らは自然について、とんでもなく多くのことを知れるようになった。
でも、ここで少し引っかかった。
分かることが増えたことと、自然を分かったことは、同じなんだろうか。
台風の進路を予測できても、台風を止めることはできない。
雨量を予測できても、
「そのくらいで大丈夫です」
と雲に頼むことはできない。
人間は自然についてずいぶん詳しくなったけれど、自然の外側に立ったわけではない。
僕自身、普段はそんな当たり前のことすら忘れている。
台風が過ぎたあとの街
仕事を終えて帰宅する頃には、朝とはまた違うことを感じた。
台風が通り過ぎたあとの空気が、少しひんやりしていた。
雨に濡れた街の匂いがする。
空を見上げると、雲の向こうまで突き抜けたように見えた。
道路も、木々も、家の屋根も濡れている。
朝にはあれだけ荒れていたのに、通り過ぎたあとの街には、どこか一度洗い流されたような爽快感があった。
ああ、これも台風が連れてきたものなんだなと思った。
折れた街路樹もある。
飛ばされたものもある。
困った人もいる。
それと同時に、冷たい空気や、雨の匂いや、澄んだ空も残していく。
朝の僕は、折れた木を見て「台風の被害だ」と思った。
それは間違ってはいない。
でも帰宅する頃には、それだけでもないような気がしていた。
悪者か、恵みか。そのあいだ
自然には、そもそも人間が考えるような「良い」「悪い」はないのかもしれない。
雨が降れば喜ぶ人もいれば、困る人もいる。
風が吹けば涼しくなることもあれば、木が折れることもある。
人間にとって都合のいい自然だけを、「豊かな自然」と呼ぶわけにもいかないのだろう。
とはいえ、僕だって次に台風が来れば、きっと天気予報を何度も確認する。
畑のことも心配するだろうし、電車が止まらないかも気にする。
台風に対する警戒心がなくなったわけではない。
ただ、今までずっと「災害」という一つの側面からしか見ていなかったものを、
今日は少し違う場所から眺めることができた。
朝、折れた街路樹を見た。
夜、同じ街には、ひんやりした空気と雨の匂いが残っていた。
台風は、いろいろなものを壊して通り過ぎる。
でも、それだけを連れてくるわけでもない。
そんな当たり前のことを、42歳になって初めてちゃんと考えた。
次に台風が過ぎた朝は、被害の跡だけではなく、
空や風や匂いも、少し気にしてみようと思う。
