40歳を過ぎて、祭りにワクワクしなくなった理由

静かな暮らし

40歳を過ぎて最近思うことの一つがあります。

良くも悪くも、

祭りごとにあまりワクワクしなくなってきました。

財布の中身を数えていた頃

夏になると、あちこちで夏祭りが開かれます。

子どもの頃は、

お祭りの日が待ち遠しかったものです。

出店で何を食べようか。

限られたお小遣いで何を買おうか。

そんなことを考えるだけで楽しかった。

中学生や高校生になると、

好きな子の浴衣姿が見られるかもしれない。

そんな偶然の出会いを少し期待しながら歩いていた記憶もあります。

あの頃は、

お祭りそのものが非日常でした。

出店の裏側が気になる自分

でも今は違います。

出店を眺めながら、

「衛生管理はどうしているんだろう」

「この食材はどこで作られたものなんだろう」

「この人は今日何時間働いているんだろう」

そんなことが頭をよぎります。

経験を重ねたからなのか、

仕事柄なのか。

純粋に楽しむよりも、

つい裏側を見ようとしてしまう自分がいます。

正直、

そういう自分を少し持て余しています。

「せっかくのお祭りなんだから、何も考えずに楽しめばいいのに」と、

自分に言い聞かせようとする瞬間もあるくらいです。

でも、

頭の中の別の自分が、勝手に電卓を弾き始めてしまう。

ワクワクは、消えたのではなく移った

それでも、

ワクワクがなくなったわけではないのでしょう。

向いている方向が変わっただけなのかもしれません。

先週、畑に行ったら、

蒔いた覚えもないくらい前に植えたはずのサツマイモの蔦が、

隣の畝まではみ出していました。

土を少し掘ってみると、思っていたより早く、

小さな芋がいくつも顔を出していて。

誰に見せるでもなく、

しばらくその場にしゃがんで眺めていました。

あの時間の高揚は、

子どもの頃に出店の前で財布の中身を数えていた高揚と、

案外近いところにある気がします。

AIを触っていて、狙っていなかった使い方が思いがけずうまくいったときも、

似たような感覚があります。

若い頃とは、

ワクワクする場所が変わっただけ。

そう捉えると、少し楽になります。

それでも残る、少しの寂しさ

とはいえ、

寂しさがまったくないかと言われると、それも嘘になります。

理由もなく心が浮き立つような感覚は、

たしかにどこかへ行ってしまった気がします。

夏祭りの出店を眺めながら、

そんなことをぼんやり考えていました。

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