自然をコントロールできると思うのは、たぶん人間の奢りだ

人生再構築

今度は北陸で線状降水帯が発生

「1,000年に一度の大雨」

そんな言われ方までされる北陸の大雨報道を目にしました。

100年に一度どころではない雨が降り、

今の都市の排水機能では処理しきれないほどの水が、短時間に一気に降ってくる。

こうした災害を見ていると、異常気象や環境の変化は、

もうかなり深刻なところまで来ているのではないかと思ってしまいます。

どこで起きても、おかしくない

決して対岸の火事ではありません。

どこに住んでいても、同じようなことが起こる可能性がある。

そのくらいに考えておいたほうが自然なのだと思います。

日本だけではありません。

遠くネパールでも大規模な土石流が発生し、

日本人も巻き込まれたという報道を目にしました。

土石流の映像を見ましたが、

自然の前では人間なんて本当に無力な存在なんだな、と思い知らされます。

自然までコントロールできるような錯覚

スマホやAIなど、文明はどんどん発達しています。

できることが増え、生活も便利になる。

そうすると、

ついつい人間は自然までコントロールできるようになったような錯覚に陥ります。

でも、決してそんなことはない。

そう思っているとしたら、単なる人間の奢りなのだと思います。

もちろん、

僕自身も普通に会社へ行き、電気を使い、車に乗り、

さまざまなものを消費して生活しています。

人として普通に暮らしているだけでも、

地球に少なからずダメージを与えている存在だと思っているので、

聖人ぶるつもりはこれっぽっちもありません。

それでも、

「地球という存在の上で生かされている」

というくらいの謙虚さは持っていたい。

もう、そこまで発展しなくてもいいんじゃないか

個人的には「足るを知る」ではないですが、

環境を犠牲にしてまで人類が発展していくことを、

もうそれほど望まなくてもいいんじゃないかと思っています。

ただ、

一方でそう簡単ではないことも分かります。

成長をエンジンにして動いている資本主義社会である以上、

止まりたくても止まれない。

企業も経済も、基本的には前年より成長することを求められる。

便利さを手放すことだって、口で言うほど簡単ではありません。

自分自身もその社会の中で働き、生活しています。

だから、

「もう発展しなくていい」

と言ったところで、簡単に止められるものでもない。

このあたりは、自分の中でもまだ整理できていません。

今までの物差しでは足りない

ただ、

これまで経験したことのない規模の災害が起こることを、

以前より現実的に考えておく必要はあると思っています。

これまでの物差しでは、「普通に生活すること」すら難しくなることがある。

そう考えると、

少なくとも災害に対しては、今までの常識だけに頼らないほうがいい。

自分の身は自分で守る。

少し寂しい結論ですが、

今のところ僕にできるのは、まずそこなのだと思っています。

 

タイトルとURLをコピーしました