休暇の挨拶は、誰のためにあるのだろう。

AIと仕事

今日は、仕事でちょっとモヤっとすることがありました。

もうすぐ長期休暇を取得するので、社内システムで休暇申請を済ませ、

念のため上司にもチャットでその旨を伝えました。

普段から仕事の都合で上司と直接顔を合わせる機会が限られているので、

電話で伝えることも考えましたが、お互いのタイミングもあります。

それなら、

相手の都合のいいときに確認できるチャットの方が合理的かなと思ったわけです。

ところが、

上司からは休暇の件を了承するとともに、

今後はなるべく顔を合わせて伝えてほしいという趣旨の返信がありました。

なるほど。

まあ、そういう反応が返ってくる気はしていました。笑

ただ、やっぱり少しモヤっとしたんですよね。

休暇の申請は、すでに済んでいる

そもそも、

今の会社では休暇の申請も承認も社内システムで完結します。

誰がいつ休むのか、上司も確認できる仕組みになっています。

それなのに、

わざわざ直接「お休みをいただきます」と伝えることに、

どれほどの意味があるのでしょうか。

もちろん、

長期休暇によって業務を代わってもらう人がいれば、

直接お礼やお願いを伝えることは大切だと思います。

それは相手への気遣いですから。

でも、

今回のように、すでにシステムで申請している休暇について、

さらに上司へ直接挨拶することが求められる。

そこに、何となく違和感がありました。

礼儀なのか、それとも組織の規律なのか

おそらく、

今回の件は仕事の進め方というより、上司と私のスタンスの違いなんだと思います。

礼儀や上下関係を大切にする考え方。

組織として一定の規律や秩序を保つために、

そういった形式も必要だと考えているのかもしれません。

ある程度の規模の組織をまとめる立場であれば、そうした意識を持つことも理解できます。

部下が長期休暇を取得する際には、上司に直接報告する。

そういう行動を求めることで、

組織としての規律を維持するという考え方もあるのでしょう。

別に、それが絶対に間違っているとは思いません。

ただ、私自身の考え方とは少し違うんですよね。

規律は、人の行動で保つものなのか

私が今回、改めて考えたのは、

組織の規律って、そもそも何のためにあるんだろう?

ということです。

上司に直接挨拶する。

大切な報告は対面で行う。

昔からそうしてきたから、これからもそうする。

もちろん、こういった慣習にも一定の意味はあるのかもしれません。

でも、

形式を守ること自体が目的になってしまっては、本末転倒ではないでしょうか。

例えば、

休暇を取得する人が、上司への挨拶をきちんと済ませていたとしても、

業務の引き継ぎが不十分だったらどうでしょう。

逆に、

上司への報告はチャットでも、休暇中の対応者が決まっていて、

引き継ぎ漏れもなく、業務が問題なく回る。

組織として、本当に大切なのはどちらなのか。

私には、後者の方がずっと重要に思えます。

人を管理するより、仕組みを整えたい

今ではリモートワークやワーケーションなど、働き方もずいぶん多様化しています。

必ずしも同じ場所に集まらなくても、仕事ができる時代です。

そんな中で、

私が理想とする組織は、社員一人ひとりがプロフェッショナルとして、

自分の能力を最大限発揮できる組織です。

どこで働くのか。

どんな手段で連絡するのか。

そういった形式よりも、仕事の成果や責任を重視したい。

長期休暇を取得するのであれば、

  • 誰がその業務をカバーするのか
  • 引き継ぎ漏れはないか
  • 不在中に問題が起きたら、どう対応するのか

こういったことが明確になっていれば、組織としては十分ではないでしょうか。

むしろ、

誰かが休んでも問題なく回る仕組みをつくることこそ、

マネジメントの重要な仕事だと思っています。

人の行動を細かく管理するよりも、人が自律的に働ける仕組みを整える。

私だったら、そんな組織を目指したいです。

合理性を求める時代に、残り続ける慣習

企業は、日々生産性の向上や業務の効率化を求めています。

デジタル化を進め、無駄な作業を減らし、

限られた時間でより大きな成果を生み出そうとしているわけです。

それなのに、働く人の意識や組織の慣習は、必ずしも同じスピードでは変わっていかない。

何となく、面白いものですよね。

もちろん、何でも合理性だけで判断すればいいとは思いません。

人間同士が働く以上、礼儀や気遣い、何気ない会話にも価値があります。

一見すると非効率なコミュニケーションから、信頼関係が生まれることだってあります。

ただ、その行動が本当に相手への配慮なのか。

それとも、単に昔からある常識を守っているだけなのか。

そこは、一度立ち止まって考えてもいいように思います。

礼儀は、相手を尊重するためにあるもの。自分を尊重させるためのものではない。

今回の出来事で、そんなことを考えました。

自分とは違う価値観も、理解はできる

とはいえ、今回の上司のスタンスを否定したいわけではありません。

組織をまとめる立場だからこそ、大切にしている考え方もあるのでしょう。

実際、どうしても対面でなければならないという話でもなさそうです。

上司なりに、現実的な事情も考慮されているのかもしれません。

だから、私も直接会う機会があれば、普通に挨拶すると思います。

わざわざ反発するほどのことでもありません。

ただ、それと自分が納得しているかどうかは、また別の話です。

相手の価値観を理解することと、その価値観に同意することは違う。

組織の中で働く以上、いろいろな考え方の人がいます。

その中で、必要なところは合わせながら、自分自身の価値観まで変える必要はないのかなと思っています。

自分だったら、どんな組織をつくりたいか

今回の出来事は、本当に小さなことです。

休暇前には、なるべく直接挨拶をしてほしい。

ただ、それだけの話。

別に、それで仕事に支障が出るわけでもありません。

でも、

こういう小さな出来事にこそ、自分が何を大切にしているのかが表れる気がします。

私は、形式よりも本質を大切にしたい。

社員が上司の顔色をうかがうことよりも、

それぞれが責任を持って仕事をすることを大切にしたい。

そして、誰かが休暇を取るときには、気持ちよく送り出せる組織でありたい。

自由に働くということは、好き勝手に働くということではありません。

自分の仕事に責任を持っているからこそ、自由に働ける。

そんな関係性が理想です。

休暇前の挨拶は礼儀かもしれない。でも、休暇中の仕事をきちんと回すことは責任です。

私が管理職だったら、きっと後者を大切にすると思います。

まあ、上司には上司の考えがあって、私には私の考えがある。

今回は、そんなスタンスの違いを感じた一日でした。

今日のモヤっとポイント。

おかげで、自分が理想とする組織のあり方を、少し言葉にできた気がします。

タイトルとURLをコピーしました