40代になって仕事のやる気が静かになった理由

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40代になって仕事のやる気が静かになった理由

「最近、仕事へのやる気が湧いてこない」

「以前のようにガツガツ働けなくなった」

そんなふうに感じている40代は、決して自分だけではないと思います。

私自身、地方銀行に勤めて20年近くになりますが、

ここ数年、明らかに何かが変わったという実感があります。

サボりたいわけでも、仕事が嫌いになったわけでもありません。

ただ、以前のような焦りや熱量が、静かになってきたのです。

今日は、その変化について、正直に書いてみようと思います。

「もっと仕事ができるようになりたい」に動かされていた頃

「もっと仕事ができるようになりたい」

「できる奴だと思われたい」

振り返ってみると、

そんな気持ちに動かされながら仕事をしてきたように思います。

もちろん、それだけではありません。

給料をもらうためでもありますし、

任された仕事だからやる、

ということもあります。

ただ、若い頃の自分を動かしていたものの中には、

「もっとできるようになりたい」とか、

「周りから評価されたい」という気持ちが、

今よりずっと強くありました。

同期と競い合っていた、ムキになっていた頃

たとえば、

同期と同じ営業職についていた頃のことです。

同期が何か実績を取ってきたと聞くと、

自分も負けじとムキになって実績を取りに行っていました。

今振り返ると、

あれは本当にお客さんのためになっていたのでしょうか。

それとも、

単に銀行の営業成績というゲームに勝ちたかっただけなのでしょうか。

当時の自分には、

そんなことを意識する余裕も、見識もなかったように思います。

40代になって、仕事へのモチベーションが「凪」になった

最近、そのあたりが妙に静かになっています。

というのでしょうか。

以前のような「もっと、もっと」という焦りが、あまりなくなってきました。

だからといって、

仕事をどうでもいいと思っているわけではありません。

やるべきことはやります。

モチベーションは天気のようなものだ、とよく言われます。

やる気がある日もあれば、ない日もあります。

そこにいちいち左右されるのではなく、

プロとして目の前の仕事を淡々とやる

ただ、

言われたことだけをこなすのではなく、

その先に何が起きるかを少し想像して、必要なら先回りしておく。

今は、それくらいがちょうどいいのだと思います。

それ以上でも、それ以下でもありません。

全力を出し切らなくなった自分を、どう受け止めるか

もうひとつ、

以前と変わったのは、

「余力を残すこと」を大事にするようになったことです。

若い頃は、

とにかく100%を出し切ることが正義だと思っていました。

目の前の仕事に全力を出して、がむしゃらに突っ走る。

それが仕事を頑張るということだと思っていました。

でも今は、少し違います。

どこかに余力を残しておく

急な仕事が入ったり、想定していなかったことが起きたりしたときに、

ちゃんと対応できるくらいの余白を持っておく。

以前の自分なら、

それを「手を抜いている」と感じたかもしれません。

今は、必ずしもそうではないと思っています。

組織の中に、常に100%で走っている人だけではなく、

何かあったときに動ける人がいてもいい。

そんな役割もあるのではないかと、勝手に思っています。

これは成長なのか、それとも単なる衰えなのか

とはいえ、

これが40代の働き方として正しいのかは分かりません。

単純に仕事への熱量が落ちただけなのかもしれませんし、

20年近く会社員を続けてきて、

力の入れどころが少し分かってきただけなのかもしれません。

自分でも、まだよく分かりません。

ただ今は、「もっと評価されたい」と自分を急かすこともなく、

かといって仕事を投げ出したいわけでもありません。

必要なことを考えて、淡々とやる。

そして、

少しだけ余力を残しておく。

今の自分は、そんなところにいるのだと思います。

来年になったら、また違うことを言っているかもしれません。

それはそれで、いい気もします。

明日もたぶん、いつも通り仕事に行きます。

今のところは、それくらいでいいのだと思います。

同じように、

以前ほど仕事に焦らなくなった自分を持て余している方がいたら、

それは衰えではなく、

ただ向いている方向が変わっただけなのかもしれません。

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