会議のやり方を、誰も教えてくれなかった

AIと仕事

先日、部の上席も交えた会議がありました。

営業成績が、例年や目標に届いていない。

その現状をチーム全体で共有して、打開策を話し合う。

そういう場でした。

数時間、話し合いました。

結論は、結局出ませんでした。


結論が出ない会議には、共通点がある

入社して20年。

振り返ると、本当にたくさんの会議に出てきました。

そして不思議なことに、
結論が出ない会議には、ある共通点があるような気がします。

ひとつは、
「この会議で何を決めるのか」というゴールが曖昧なこと。

もうひとつは、
参加者それぞれが前提条件を共有できていないこと。

この二つが揃うと、話はなかなか前に進みません。

それはわかっている。

わかっているのに、会議はそのまま始まり、そのまま終わる。


会議室の中の、それぞれの思惑

会議には、いろんな人がいます。

経営陣の意向を汲みながら発言する人。

ほとんど発言しない人。

話の流れとは少し違う質問をする人。

そして、自分の考えを遠慮なく話す人。

ちなみに最後は、私です(笑)。

みんなそれぞれの立場や思惑がある。
だからこそ話がまとまらないのも、自然なことなのかもしれません。

でも会議が終わったあと、私の中にはいつも、
どこか消化しきれないものが残ります。

あの時間は、何だったのだろう、と。


20年間、誰も教えてくれなかったこと

会議が終わったあと、ふと気づきました。

自分はこれまで、
営業のやり方や融資の知識、
財務分析や提案の仕方は学んできた。

でも「良い会議の進め方」については、
ほとんど学んだことがない。

ファシリテーション。
意思決定の方法。
他社ではどうやっているのか。

社会人になって20年。
当たり前のように参加してきた会議なのに、
意外と何も知らないままでした。

正確に言うと、
「知らなくていい」と思っていたのかもしれません。

会議は「いつの間にか参加するもの」として始まって、
「いつの間にか仕切るもの」になっていた。

誰かに教わるものだという発想が、
そもそもなかった。

薄々、そう感じていたのに。
ずっと言葉にしてこなかった。


それでも、意味はあるのかもしれない

結論の出ない会議には、正直、疑問を感じます。

生産性だけで考えれば、
かなり厳しい時間の使い方です。

でも一方で、
みんなが何を考えているかを知る場としては、
意味があるのかもしれない。

結論が出なくても、
その場で見えた温度差や価値観の違いが、
後から何かにつながることもある。

そんなことを考えながら、
今日もまた、日本中のどこかで行われているであろう
「結論の出ない会議」に、私は参加していました。

モヤモヤは、残ったままです。

でも、それを言葉にできたことは、
少しだけよかったと思っています。

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