“誰も関わらない”が正解の都市で、少しだけモヤモヤした朝

静かな暮らし

朝の通勤電車で感じた、小さなモヤモヤ

今朝の通勤電車で、
少し心に引っかかる出来事があった。

到着駅まで、あと二駅ほど。

いつものようにイヤホンをつけ、
音声学習を聞きながら電車に揺られていた。

ただ今日は、
妙に車内が騒がしかった。

イヤホン越しでも聞こえるくらいの声量で、
誰かがずっと何かを叫んでいる。

最初は、
「朝から酔っ払いかな…」
くらいに思っていた。

正直、
関わりたくない。

あと二駅だし、
そのままやり過ごそうと思った。


車内に流れる“触れない空気”

周囲の乗客たちも、
誰一人注意するわけでもなく、

見て見ぬふりというか、

まるで、
“腫れ物に触らないように”
静かに距離を取っているような空気だった。

でも、
奇声は止まらない。

二駅が、
妙に長く感じた。


自分に何かできたのか

駅のホームを歩きながら、

妙なモヤモヤが残った。

自分に、
何かできたのだろうか。

もちろん、
正直怖さもある。

通勤電車で、
見知らぬ大声の男性に注意するのは、
簡単なことではない。

トラブルになる可能性だってある。

だから、
そっとしておく。

それはある意味、

👉 “都会で身を守るための正解”

なのかもしれない。


でも、少しだけ感じた違和感

ただ同時に、

その空気が少しだけ、

👉 “いじめを見ている時の感覚”

にも似ていた。

誰も関わらない。

誰も目を合わせない。

まるで、
その人が“存在しないもの”
として扱われているような、

あの独特の空気。


正解は分からない

もちろん、
正解なんて分からない。

直接注意することだけが正義とも思わない。

駅員を呼ぶのが正解だったのかもしれないし、

何もしないことが、
最善だったのかもしれない。


都市の“距離感”

ただ、

自分の中に残った違和感は、

「うるさかったこと」

そのものではなく、

👉 “人と人が、なるべく関わらずに生きている都市の空気”

そのものだった気がする。


最後に

便利で、
効率的で、
洗練された都市。

でもその一方で、

なるべく関わらないことで成立している空気もある。

朝の通勤電車で、

そんなことをぼんやり考えた。

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