最近、朝の通勤電車や畑の帰り道で、ふと考えることがあります。
自分は何のために、こんなに色々なことをやっているのだろう。
- ブログを書いて。
- AIを触って。
- 棚田に通って。
- 畑で野菜を育てて。
学生時代に作った曲を引っ張り出してきて。
会社員として生活するだけでも十分忙しいはずなのに、
自分でも不思議なくらい、あれこれ手を出しています。
もちろん理由はあります。
会社だけに依存しない生き方を作りたい。
将来への不安を少し減らしたい。
新しいことに挑戦したい。
そういう気持ちは確かにあります。
でも最近、それだけではない気もしています。
本当に欲しかったのは自由だったのだろうか
私はこれまで、
「自由になりたい」
と思ってきました。
会社に縛られない生き方。
時間や場所に縛られない働き方。
そんな言葉に惹かれてきました。
でも最近、
本当に欲しかったのは自由だったのだろうか、と考えるようになりました。
もしかすると私は、
人と違う人生を歩いてみたかっただけなのかもしれません。
周囲と同じように働き、
同じように歳を重ねることへの、
言葉にしにくい違和感。
だからAIを学び、
畑を始め、
ブログを書き、
色々なことに興味を持ったのかもしれません。
正直、まだよく分かりません。
ただ、そんなことを考えるようになりました。
AIも畑も、遠回りではなかった
だからといって、
今までやってきたことを無駄だったとは思いません。
AIに触れるようになって、
知らなかった世界が見えるようになりました。
ブログを書き続けたことで、
自分の考えを言葉にする習慣ができました。
棚田や畑では、
自然の前で人間の小ささを知りました。
学生時代に作った曲を久しぶりに聴くと、
忘れていた感情が少し戻ってきました。
どれもお金になる保証はありません。
結果が出る保証もありません。
それでも、
やってみたからこそ見えた景色がありました。
最近は正解探しを少しやめてみた
以前の私は、
何かを始めるたびに考えていました。
これは正しい選択なのか。
将来につながるのか。
意味はあるのか。
でも40代になって感じるのは、
人生は思ったより短くて、
思ったより不確実だということです。
だから最近は、
正解を探すよりも、
少し気になることを試してみることを大切にしています。
- 畑でも。
- ブログでも。
- 音楽でも。
- AIでも。
まずやってみる。
違ったらやめればいい。
今の自分には、そのくらいの距離感がちょうどいい気がしています。
答えはスマホの中にはなかった
SNSを開けば、
すごい人がたくさんいます。
- 成功している人。
- 稼いでいる人。
- 自由に生きているように見える人。
私もつい比べてしまいます。
でも最近思うのです。
向き合うべき相手は、
他人ではなく昨日までの自分なのかもしれない、と。
自由になりたいと思っていた。
でも本当は違ったのかもしれない。
その答えは、まだ分かりません。
ただ一つ思うのは、
答えはスマホの中にはなかったということです。
足りなかったのは情報ではなく、
自分との会話だったのかもしれません。
だからこれからも、
畑に行き、
ブログを書き、
ときどきギターを弾きながら、
もう少しだけ自分と対話を続けてみようと思います。
